轟は、熊本県人吉市で生まれた。地方新聞社を経営する父母と兄、弟2人の6人家族の長女で、祖父と祖母とともに暮らしていた。幼少時代の轟は負けず嫌いで気性が激しく、その一方で繊細な一面を持ち合わせた子供だった。→rakuten ranking
小学校に入ると、学校の友人とけんかを繰り返した。その姿はまるで正義の味方のようだった。いじめられている友人がいると、相手が男の子であろうと仕返しに行き、時には取っ組み合いになった。体は痣(あざ)だらけになった。
「今振り返ると、いじめられていた友達には迷惑な正義感なんですよ。『絶対にやり返してきてあげる!』って一方的に宣言して、友達を差し置いてけんかに行くわけですからね」
一方で幼稚園のころから絵画や日本舞踊、ピアノなどの習い事に励み、学校が終わると毎日のように教室に通った。
読書も好きで、とくに自宅の書庫に並んでいた赤い革表紙の児童文学全集がお気に入り。「トムソーヤの冒険」や「宝島」などを手にしては、自分が世界を旅する様子を思い浮かべたという。
「絵画や本には制約のない世界が広がっていましたし、日本舞踊には制約がある中での美しさを感じていました。自分を正直にぶつけて表現できることが楽しくてたまらなかった」
小学生時代の夢は獣医かパイロット。飼い犬のシェパードが大好きで、空を自由に飛びたいと思い浮かべた。
男っぽい職業に憧(あこが)れ、女性でも自立した生活がしたいと思っていたせいか、中学生になると、家業の新聞社経営を継ぐことも夢のひとつに加わった。
そんな轟が衝撃を受けた出来事がある。中学2年生の時。家族と一緒に見ていた深夜のテレビ番組で、宝塚歌劇団のミュージカル公演「ディーン」を見た。
華やかな化粧をした役者が、米国の俳優、ジェームズ・ディーン(故人)に扮し、規則や慣習になじまず、1人で生き抜く様子を演じていた。白色のTシャツにジーンズ姿で、頭髪はリーゼントにきめていた。やや顔を傾けながら、憂いを帯びた表情を見せるディーン役。「なんてきれいな男の人なんだろう」。その人こそ、当時月組で若手のホープとされていた大地真央(昭和60年退団)だった。
テレビを見終わっても興奮が冷めない。母に歌劇団のことを尋ねると、女性ばかりで構成される劇団で、女性が男役を演じているのだと教えられ、さらに驚いた。
「大地真央さんのことも全然知りませんでしたし、ずっと男の人だと思って見ていましたから」
少女はいっぺんに歌劇団のファンになった。
(敬称略)
(以上「イザ!」10/5 より引用)
宝塚歌劇団の専科で活躍している轟悠さんが、初めて観た宝塚歌劇団の作品は、大地真央さん出演のミュージカル公演「ディーン」だったんですね。





